走姿顕心 vol.50

箱根駅伝ふりかえり〜最終回〜

予想していなかった往路トップという順位からの復路スタート。最終区までどのように襷を繋いで行ったのかチームの裏側も、含めて掲載します

第6区:濱野将基(神奈川 佐久長聖)

初の山下りに挑戦したのは濱野(2年)。
2020年の箱根駅伝は疲労骨折など度重なる故障で秋のシーズンまでなかなか試合に出場出来ず、16名のメンバーにすら絡めなかった。その悔しさをもって今年は全て練習にぶつけて没頭してきた選手です。

4区を走った葛西と同様に、創価大学では珍しい高校生エリート枠で14分10秒を切るほどの実力を持って入学した選手でもあり、天性のバネを生かしたランニングフォームは美しくスピードもある。”この走りは箱根の下りに活かせるはずだ”と思い、本人にも目指す事を提案しました。

キャプテンの大きな存在

また、主将の鈴木渓太(4年)も箱根の下りを走る事を目標に4年間頑張って来た選手であり、今大会は濱野と鈴木の2人には最後の最後までライバルとして6区のレギュラー争いをしてもらう事となった。

最終的には大会の10日ほど前にやっと決断する事になりました。レギュラーから外れたキャプテン渓太は前回に続いて落選だったのでかなり精神的にも堪えたと思う。しかし鈴木はキャプテンとして”気丈に振る舞い”大会前最後のミーティングでは「チームの為に皆んなで総合3位を勝ち取りに行こう」と声に出してチームをまとめてくれました。

沢山思い

レギュラー争いを制した濱野は選手付人をも買って出てくれた”キャプテン渓太”の熱い思いを胸に、背中を力強く押され中継点へ出ていきました。先頭というプレッシャーから通常なら追われる不安が大きいものですが、それよりも先頭を走れる喜びとキャプテンやチームの思いを感じながら楽しそうに走っているのがTVの画面越しの表情からも伺えました。

苦悩の参考

箱根駅伝でチーム勝利を掴むためには、選手選考の大役に妥協は許されません。毎年そうですが、新体制が始まると私の頭の中では箱根を見据えたメンバー選考が毎日行われています。なので、期初で思い描いていたレギュラーメンバーと大会当日のレギュラーメンバーはかなりかけ離れたものになります。合わせて選手達に切符は簡単には掴めないことも理解してもらわなければならないし、例えメンバーから漏れたとしても学生達のその後の人生において、メンバー争いに加っていた事やその組織に属していた事がどれだけ自分に有利になるか、という事もしっかり伝えていくことも指導者の使命であると考えています。

今後掲載予定のブログでも詳しく紹介するが、大会当日の朝食は私が作りましたが、それを食べてくれた濱野が「腹痛を起こす事なくしっかり走ってくれるか?」という事も役場の監督待機室からモニター越しに見ていた私の心の中の小さな不安材料でした(笑)。六区は箱根駅伝のルール上ラスト3km付近からしか選手伴走に付くことが出来きませんが、運営管理車から見る濱野の走りに「不安」という文字は微塵にも感じさせない力強いもので、中継点でも元気な笑顔でトップのまま7区原富へ襷を繋いでくれました。

第7区:原富慶季 福岡 福大大濠

今回2回目の箱根駅伝出場となった原富(4年)は2年生まで故障がちな選手でした。昨年から地道に肉体改造に取り組んでいて、今年も夏合宿に少し出遅れがあったものの最後の年に賭ける思いは誰よりも強いものを感じました。
故障中はバイクトレーニングや体幹トレーニングに人の何倍も取り組み、更に安定したフォームで終盤にもブレない体幹の強さを習得することができたようです。

テレビ中継でも紹介されたが、お母さんが病で倒れ闘病をされており本人も不安な日々を過ごす期間もありました。その後、治療の末にお母さんは元気に回復されたそうですが、そんな彼の姿をずっと見ていて『お母さんに最高の走りを見せて卒業する』と言う箱根に向けての覚悟を感じました。本人もその背景があった事が「苦しい練習にも耐えらた」と話しています。

レース前半では、追って来る駒澤大学に差を詰められましたが、その走りに全く焦りは感じませんでした。落ち着いた走りで中盤以降徐々にリードを広げる結果となりました。
「笑顔で走ること」を心がけていた原富は運営管理車からの声掛けにも全て手を挙げ応えてくれるほど気持ちに余裕をもって走ってくれました。そして残り1km、彼の動きが変わりました。20km以上走ってきて足や体は限界にきているはずなのですが、「お母さんやチームメイト(中でも走れなかった4年生)の分まで全てをぶつけよう」という思いが走りに顕れたラストスパートでした。そして、笑顔で8区永井へ襷を渡してくれました。

第8区:永井大育 鹿児島 樟南

嶋津と同じく目にハンデを抱えている永井(3年)は入部以来ずっと嶋津と練習や生活を共に送って来ました。前大会は嶋津の”区間新記録”という快走に勇気をもらった反面、自身がレギュラーになれなかったという悔しさも味わいました。大学(八王子)での冬季練習は夜明けが遅く日没が早い。薄暗い場所での永井・嶋津両名は、私たちが想像する以上に活動が制限されます。他の選手は自らチョイスしたロードや校内のコースをその日の気分よって変えながら走る事ができます。しかし彼ら2人は、マネージャーまたはスタッフの送迎でグランドへ行きLED照明を点けてグランドを走るのみが、可能な朝練となっています。2人のレース中の我慢強さは、この境遇から得られたものではないかと感じています。合わせて送迎してくれるマネージャーやコーチへの”感謝の心”も人一倍強く持って臨んでいるはずです。

永井の当日のレースはというと、終盤に大きな山場となる遊行寺の坂が控えている8区。
私も大学時代にここを2度走りましたが、15kmを過ぎた付近からの急な登り坂は一気に足の力を奪っていく身体にも心にも堪えるタフなコースです。今回の永井は臆する事なく”この坂道”に立ち向かい、上りを終えた後の残り3kmのラップは出場校の中でも上から3番目のタイムで乗り切っていました。トップを死守し9区石津に繋いだ後の永井のガッツポーズは2年分の想いを象徴したものでした。

第9区:石津佳晃 静岡 浜松日体

石津(4年)は、色々な面で前回96回大会のシード権獲得の影の立役者であったと私は思っています。自身は10位を走る中央学院の選手に離されてしまったことに相当な悔しさを感じており、今回97回大会に全ての照準を合わせてきました。

この石津も1区福田と同様に大学卒業と同時に第一線での競技生活を引退する選手であり、競技生活の集大成としたこの1年間は、夏合宿から気持ちの入り方が昨年までとは全く違っていました。昨年はというと、練習途中の離脱のシーンが何度も見られましたが、今年は一度も練習で崩れる事なくしっかりと合宿を乗り切れた事もレギュラー入りの要因といえます。チーム内でも大半の選手が苦手とする30km走では、彼1人だけ35kmまで距離を延ばすなど積極的に黙々と走り込んでいました。

石津は永井から襷を受けると、前半下り基調のコースを積極的に攻めて行きました。自重した走りは「波に乗っている気持ちが怯(ひる)んでしまう」と、初から強気に攻め続け5km-10kmと、後続との差をどんどん広げ20km地点では気付くと区間最高記録を上回るペースで走っていました。前年の悔しさを全て帳消しにする本人も納得の「区間賞」の走りで、2位まで3分19秒のタイム差をつけて最後の中継点に入りました。その満面の笑顔での襷リレーはまさに職人の走りとも言える安定かつ堅実な走りでした。彼の競技の集大成は華やかに飾られて終える事が出来たのではないでしょうか。

第10区:小野寺勇樹 埼玉 埼玉栄

結束力

「優勝のフィニッシュテープ切り」を託されたのは小野寺(3年)。嶋津、三上、永井と同学年レギュラー入りは最多の4名で、実は3年生の部員総数は7名しかいません。この学年には少ない学年だからこその独特のまとまりがあり、日常の寮生活でも本当に仲が良い。横の繋がりの強さは、今年の小野寺の成長を一段と加速させ練習でも日に日に安定性が出てきました。私も今年は彼を自信を持って10名のメンバーに選出しました。しかし、優勝という未知のプレッシャーは、小野寺に予想を超える緊張・不安を与えたと思います。

小野寺も笑顔でタスキを受け取り走り出してはいたものの、本心は不安と緊張で心も体も硬くなっていたのかも知れません。硬くなるということは呼吸をしていても酸素が身体にうまく入って来ないという事であり、前半はなんとかしのげても後半にそのツケは必ず返ってくるものです。

私の選手としての経験上からもレースの時に自分が相手や周囲に劣ると少しでも考えた時は、ほぼ勝負に負けていることが多く、あえて厳しく言うならば”そう感じた時点で実力も出せなくなり負けレースの始まり”なのです。

残り2kmまで先頭を走り続けたことは評価すべきですし、ライバルから先にフィニッシュテープを切られたと言うことは相手の実力が上だったと指導者の私も選手の小野寺も思っているところです。自分を卑下する必要は無いと思います。

今回のような状況でトップを楽しんで走るために「フィニッシュテープをどんなポーズで切ろうか?」「やって来た練習への自負」「マネージャーや家族への感謝」「自分へのご褒美は何にしようか?」などなどポジティブに考えるキーワードは沢山あります。今後の彼の課題は心の鍛錬なのかもしれません。

2021新体制スタート

1月9日を皮切りに私が指導する創価大学駅伝チームは、五区を走った三上をキャプテンに据えて新体制をスタートさせました。
お正月の箱根駅伝TV中継において、実況者アナウンサーは、「目標達成の準優勝で喜べるチーム」「負けて悔しいと思えるチーム」と二つのキーワードを私たちに与えてくれました。まさにこれから、その真価を問われる一年が始まります。 今年の結果について監督としては『選手たちは良く頑張った』『目標をしっかりとクリアし堂々とした走りをしてくれた』と思っています。しかし、準優勝を勝ち得た選手たちが少しでも『悔しかった』と思うのであればこのチームは『優勝』という目標に向かってアクションを起こすものと思っています。私の仕事はあくまで選手達が目指そうと思う事を実現できる様に全力で導く事です。応援してくださっている皆様、このブログを読んで下さっている皆様、『学生スポーツ』『駅伝』『チームスポーツ』『陸上競技』を通してその奥深さや面白さをお伝えしていきたいと思いますので、引き続きお楽しみください。私自身も引き続き指導者という立場を楽しませてもらい学生達の成長を見届けたいと思います。


4 件のコメント

  • 昨日 CSテレビで箱根駅伝の思い出のシーンを放送していましたが、
    第97回箱根駅伝の抱負を語る各チームや監督さんのインタビューを見ていて、
    主人と「創価さんが殆どない」「今年はきっと取材が大変になる」と話していました。
    第98回箱根駅伝は今までにない取材攻勢になると思いますが、きっと平常心で
    戦ってくれるものと確信しております。      

    • 最近はネットニュースにて沢山取材依頼をいただき、出演を絞って受けさせて頂いております。ネットで榎木和貴や創価大学駅伝部を検索頂くといくつか見られると思います。

  • 榎木さん、素晴らしい内容でした。
    来年へ向けてのスタートをいい形で切れるように祈ります。

    • いつもご拝読ありがとうございます。読んでくださる方々のコメントを見ると、次回のブログにもより力が入ります

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